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TLDの歩み

トータル ライフ デザインの出発

1999年4月にトータル ライフ デザインの会報、「和気愛会」の第1号を発行してから17年が経ちました。

発行できない月が何度かありましたが、まあなんとかほぼ毎月出してきて、この(2016年)5月で第200号を発行しました。

そのころ既に私にとって、今も同じ思いでいますが、世の中の多くのヨガは、私の指向するところとはとんでもなく違い、沖ヨガの場合でもやはり、多くの指導者たちとは指向するところが相当に違うと感じていました。それが会報を作ろうとする一番のきっかけでした。

ですから、当時の沖ヨガ道場や国際総合ヨガ日本協会とは違ったアプローチで、ヨガを求める方たちの交流の場になれば、ということ、そして私自身の表現の場にできればという思いで会報を出し始めました。

「トータル ライフ デザイン」の名称

私が39歳のとき、1986年の3月、沖先生が亡くなって間もない頃ですが、父のやっていた会社の仕事をするために、それまで大きくやっていたヨガや音楽の教室を指導員に譲り、カルチャー教室のヨガ講師もやめました。

そのとき、それまで使っていた「ミュージック ヨガ」の名称ごと譲ったので、全く同じ3月に始めた国際総合ヨガ日本協会関西連合会のメンバーとして登録する所属名がつけられなくなってしまい、何か名前を考えようとつけたのが「トータル ライフ デザイン」でした。

当時、神戸で、何をメインに活動されていた方なのか覚えていないのですが、沖ヨガの関係者の木村妙さんという方が「ライフデザイン研究所」という名前で仕事をされていました。

とてもシャレたいい名前だなと思っていたので、「生活ヨガ」という沖ヨガでとても大切にすることばをイメージできる「ライフ デザイン」という言葉をいただき、その上に総合ヨガの意味を込めた「トータル」という言葉も加え、「トータル ライフ デザイン」(Total Life Design)の名前を付けました。

名前を付けたときは、私は関西連合会を発足させたメンバーの一人として理事をしていました。他の理事には大々的に教室を運営する人が多かったのですが、私といえば、自分が直接ヨガ指導をする教室などはなくなっていたので、自分一人の会の名前になってしまいました。それでもヨガ関係の所属名としてこの名前を使うことにしたのです。

余談ですが、当時としては相当早くから、MS-DOSで動くパソコンで会社の業務を合理化させようとしていました。数メガ~数十メガのハードディスクが何十万円もしていた時代です。しばらくするうちにWindows3.1が出て、これに乗り換えることにしました。そしてインターネットやメールをするうちに、トータル ライフ デザイン専用のドメインを取得したいと考え、tldの3文字のドメインを申し込んだところ、tld.co.jpが取得できてしましました。当時でもこんな3文字のドメインが取得できたのはとてもラッキーなことだと、ドメイン管理会社の担当が驚いていました。

その後ずいぶん経ってから、大々的にドメイン名を増やし取得しやすいようにする動きがあり、もっと簡単な「tld.jp」を取得したいと思ったこともありましたが、残念ながら取得できませんでした。ということで、最初からずっとメールアドレスもホームページもずっとtld.co.jpで通しています。

トータル ライフ デザイン 第2の出発

トータル ライフ デザインという名称だけの会を作って以降、ヨガや発声の先生業は棚に預け、小さな会社の社長として極端に忙しい生活をしていました。

意識だけは生活ヨガの実践者を自負していましたが、毎晩酒漬けで、食事は外食ばかり、体操は週に一度、お客さんのところで始めたヨガクラブや、月一度の大阪の青年会議所のヨガクラブで指導するくらいで、ヨガというにはかけ離れた生活の仕方でしたが、これも適応力を高めるためのヨガ修行の一つと考えてやっていました。

その積極的な考えのおかげか、今まで徹底してやってきたヨガの貯金のおかげか、最初の5年間、体はビクともせず、たまにやるポーズも楽にでき、柔らかい体を維持できていました。

ところが、それを過ぎたころからは少しずつガタが出始め、十数年経ったときには、あちらこちら故障だらけになってしまっていました。

やはり精神力だけではだめ、いくら心が頑張ろうと思っても、体がいうことを聞かないことが増えてくる現実を味わうことになりました。

そんな頃、当時私の持っていた価値観とは大きく異なるタイプの女性と知り合い、それがきっかけでこのトータル ライフ デザインという名称のもと、新たな活動を始めることになりました。

その女性は現在の私の妻であり、ヨガの師匠であり弟子であり、よき協力者です。
またその頃、精神世界的なことに関心のあるメンバーも多く集まっていたのですが、私が標榜するヨガの色合いが強くなるにつけ、だんだんとその数が減って、現在の会員はほとんどがヨガ関係か声関係の方たちです。

会社人間として忙しく働いている当時、自分を見つめてみたとき、行動の基準がすべてにおいて効率に合わせられていて、それがとても窮屈に感じられ、その功利的・効率的とでもいえる価値基準を捨てて行動したいと強く思うようになり、それがトータル ライフ デザインの会の第2の出発点、この会報「和気愛会」の発行のきっかけになりました。

そして1999年4月、A4の紙面1枚の会報の創刊号を発行しました。この「和気愛会(わきあいあい)」の名付け親は妻の采佳です。

和気愛会001-9904




さて、この功利的という言葉は、日本語が持つ利己的功利の語感をまったく意味していませんが、当時も今も感じていることは、根本としては頭の判断ではなく、もっと生命の側から発せられる要求や信号に従って生きる、ということをしようと思ったのです。

もちろん、社会的な責任を無視しないというフィルターにはかけますが、トータル ライフ デザインという会をやったり会報を発行して利益を得たりということでなく、ただ生命の要求を表現する場としての会や会報が必要と思ったのです。

そのため、採算を無視してフリースペースを作ったり、赤字でも色々な行事を企画して行ったりしましたが、これはやはり無理がありました。

こんな理念を掲げていても、会場費としてはただに近いような年会費だけで使える貸し教場としてしか捉えていない会員が増えてきて、何のために運営しているフリースペースかわからくなり、結局閉鎖することになりました。

おかげでわたしも大切なことを多く学ばせていただきました。現在はその反対の何の得にもならないけれど、ずっとお付き合いくださる会員の皆様のおかげで会報を発行し続けることができています。

そして一番ありがたい思いをしているのは、毎号トレーニングをさせていただいている私なのです。


ヨガ、沖ヨガ、ナチュラル・ヴォイス・ヨガについては、
ナチュラル ヴォイス ヨガ(Natural Voice Yoga)のホームページ(下記リンク)をご覧ください。

   リンク → ナチュラル・ヴォイス・ヨガ


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